喫茶燐寸帖 01 マルヤパン



 

 なんとなく少しずつ集めた岐阜市、大垣市を中心とする喫茶店のマッチラベルを紹介していこうと思います。

(紹介するものは自分が実物を所有するもののみ公開します。)




01 マルヤパン



 大正10年、今でいうと魚賢ビルがある場所にマルヤの最初の店が開業。マルヤは岐阜県最初のパン屋であった。また、パン屋に喫茶店が併設されていたようで、大垣市の喫茶店の草分けとなった店である。

 創業者の居原義一氏は東京・麻布でパン屋を営んでいた親戚のもとでパン作りの修行をし、大垣で「マルヤ」を開業した。この屋号はその東京の店からもらったそうで、当時の屋号には「本店 東京」と書いてあったそうだ(※)その喫茶店、「マルヤ」は新橋にあったようだが新橋のマルヤについては後日調べてみたい。


 「西美濃わが街」第189号(平成5年)には喫茶スペースの写真が掲載されている。大垣市では珍しい「ハイカラ」な店であった。

 移転後間もない新店舗の写真(昭和13年頃)は「西濃の今昔 保存版」(郷土出版社,2008)に掲載されている。店舗には「森永ベルトライン」の文字がある。森永製品も取り扱っていたよう。

 昭和初期のマルヤ店頭の様子の写真(図説大垣市史より)には「チョコレートメロー」という商品を販売する様子が写されていた。チョコレートドリンクのようなもの?だろうか。これらの戦前の様子を見てもマルヤは最先端のパンと喫茶の店だったことがわかる。


 その後、マルヤは現在「GLAMDY」というアパレル店があったところに移転した。この頃の様子が大垣市のホームページにカラーで掲載されていたのだが、今は広報おおがきの記事のデータしか表示されない。多分この店舗を記憶している人が多いのではないだろうか。


●広報おおがき「シリーズ ふるさと大垣 懐かしの1枚」(平成28年3月15日)

https://www.city.ogaki.lg.jp/cmsfiles/contents/0000030/30195/2016_0315_08.pdf

(後々見返したら、別冊「図説大垣市史」にもカラー写真が掲載されていた。多分昭和の記録関連の本には掲載されていると思う。)


 残念ながらマルヤは平成13年に倒産。当時9歳。さすがにこの頃の記憶はない。家族からは「よくパン買いに行って食べていたよ。」と聞くが、マルヤのことをはっきりと覚えていない...。ああ、確かにあったし行った気がするな、程度。味は思い出せない。非常に悔しい。祖母は大垣生まれ大垣育ち大垣グルメに詳しい。当然マルヤも知っていて話を聞いた。

「あんまり昔のことやと小さかったで覚えとらんけど、5色パンってのが売っとって行ってはあればっか買っとったんやわ。」と。あまり情報は得られず。

 

 このマッチはどちらかというと新しいほう。さすがに戦前のマルヤのマッチなど資料は残っていないだろうが今後もマルヤに関する情報は今後も探してみたいと思う。


マルヤ跡地。



[参考文献]

※1「西美濃わが街」第189号1993年2月「西美濃コーヒー文考学」

その他本文中に記載。


次回もまた。